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独り言: 月火ス木金

 以前、朝方に星を眺めて「今、さそり座が熱い!」なんてエントリを書きましたが、今朝(2011-11-16)の東の空も中々綺麗でした。
 月とスピカ、そしてちょっと下に明るい星が二つあったんですが、パソコンでStellariumというのを使って調べてみたら木星と金星のようです。実際に見たときには気付きませんでしたが、更に月の上には火星もいたようで。
 で、そのStellariumで見たら、明日の朝は、月が木星と金星の辺りに突っ込んで大変なことにっ(笑)なりそうです。
 明日も見られるといいなぁ。
 星は空模様次第だし、特に低い位置だと空気も綺麗でないとよく見えませんからね。

 ところでそれとは関係ないんですが以前読んだ本にちらっと書いてあったところによると、その近くに見えるアークトゥルスは、もしかすると銀河系の外からやってきた星かも知れないらしいですね。

独り言: 営業の人間とは反りが合わない

 最近、仕事があまりに馬鹿らしくて下らないので、ストレス解消にパソコンばっかいじってます。

 ……という書き出しでこのタイトルだとなんか業者対応で苦労しているみたいですが別にそうではなく、営業の人との話があったのはたまたまです。
 それと、パソコンいじって色々と勉強したことをここに書けばブログもこんなに放置状態にならない気もしますが、実はあまり、普通の人に役に立つような成果がないんですよね。ちゃんとした環境を整備すればコマンド一発でできちゃうようなことを、わざわざややこしくしてるだけなので。
 実際にはその過程で作りたいプログラムなんかも出てきたのですが、さすがにそこまでやると、アニメを見る時間までなくなっちゃう(笑)。まあ書いてますけどせいぜいここでたまに公開しているシェルスクリプト程度のものですね。
 突然ですが、むかーし見た80系ユーザと68系ユーザのジョークを思い出しました。色々あるんですが、今やってることに近いのだと「80ユーザはプログラムを作るためにエディタを使う。68ユーザはプログラムを作るためにエディタを作る」とか。いや細かい言い回しは憶えてないですけど。

 さて本題。と言っても本題の方が内容が薄くなりそうな。上の無駄話よりも(笑)。
 タイトルに書いたことは、営業をしてくるから鬱陶しいという意味ではありません。感性とか人間性とか、そういうレベルで合わないなと感じるという意味です。なんとなーく。
 だから、裏で技術やってるような人が出てくるとなんかほっとするんですよね。これも、話が合うからという意味ではなく、感性とかものの見方や捉え方、姿勢とか。

 そういう人が営業で来れば助かるなーなどと思いつつ、でもそういう人が営業なんかやってたら一瞬で心を病んで辞めちゃうか下手すれば自殺するかも。
 そういえば、とても有能な技術者に、お前が一番わかってるだろとか言って営業やらせて結局死んじゃって当然技術も喪われたなんて話聞いたことありますね。

 営業ってのはそういう厳しい世界で、そこで生きられるような神経しているだけでもう別の世界の人間としか。あるいは価値観の違いかも知れないけど、結局は同じこと。
 世はままならないものですね。

 などとまあうだうだと書きましたが、導入から本題まで全部単なる愚痴という見苦しい話でした(笑)。

独り言: グローバリズムについて

 語尾が-ismなので主義とか説とかのことであり、グローバリゼーションという行為や結果としての現象とは指しているものが微妙に違うわけですが、逆に言うと、グローバリゼーションを推進する思想ってことでグローバリズムと称してても実態が全く違うなんてものもあるかも?

 というわけで私がいつも批判しているタイプのグローバリズムを一応簡単に定義しておくと、つまりはコスモポリタニズムをベースとしたものです。ってまあ、いつも世界市民()とかを揶揄しているのでそういうところに既に表れているとも言えますが。でもまあ多分、それが一般的な定義のようにも思います。
 そして、それについて最近某所で言ったことならこんなのとか。

近年ありがちっぽい気がする差別発生のメカニズム
「グローバル化の時代だよ。国境なぞ関係ない、みんな仲良く一緒に住みたまえ。なに、彼等も同じ人間だ」
→「俺達とは違うじゃねーか。てことはつまり人間じゃないんだ!」

 こういうのって結局、キリスト教が根源にあるんじゃないかと思うんですよね。に私は、キリスト教を人類の発明ワースト3の一つに入れましたが、民族の自己満足、慰めのためにあった独善的な宗教を汎用化しちゃったという理由からです。まあ、じゃあ誰がやったのかという点については微妙ですが。
 それはともかくとして、みんな(基本的には)同じ筈だ、だから違うヤツは人間じゃないというのはやはりキリスト教の十八番なのでは。その「基本的」ってのがイエスに帰依する(笑)ことだから。

 また、それよりもう少し前ならこれとか。

「我々はこんな間違いをした、だから反省している」
「そりゃ殊勝な心掛けだ」
「ついてはお前等も反省しろ」
「えっ」
「えっ」

 これもある意味で同上で、つまり、自分達がやってきたことは他のヤツらもやってる筈だからってことですね。所詮、他の文化には関心がないし。
 それよりこの件はどちらかというと、自分らのしている反省を他者にも強要している、言い換えれば、他者に罪を着せて自分らと同じレベルに貶めていることが気になります。

 ちょっと穿ちすぎかもしれませんが、国境なんかについても一言。前述の偽善には、自分達が引いた線に由来する部分が相当の割合で衝突とか混乱とかを生み出したことを意識してなのか、最初に書いたような話を口実に、人はみんな同じでわかりあえる!などと叫んでる部分もあるのかも、とか思ったり。
 まあ、逆なのかも知れないし両方なのかも知れませんけど。

 ともあれ、そのグローバリゼーションがコスモポリタニズムに依拠しないインターナショナライゼーションなのであれば、そんなに目くじらを立てることもないのかも知れません。でもどう見てもそうは思えないし。あれ、何かカナ表記が統一できてないな。まいっか。
 しかし、現実問題として必要であったり必然であったりするグローバリゼーションが現在のようなグローバリズムであるのは不幸を招く不幸なことであるのではないでしょうか。
 彼等も、反省するのならそれを正当化するのではなく他者にも同じ荷を背負わせるのでもなく、ちょっとは物事を考え直してみてはどうかと思うのですが、まずできないだろうしするわけにもいかないんだろうなぁ。
 困ったちゃんですね。

独り言: 程度問題

 話、特に議論をするときに言葉の意味をあまり考えない人がいるとわけがわからないことになりますが、これ、実は結構よくあることなんじゃないかと。

 本来、その意味により区別されるべき言葉をどういうわけか一緒にして、意味でなく違う基準で線を引く。縦にわけるべきものを横にわけるみたいな。そういうののことを言っています。と言いつつじゃあ具体的な事例はどんなのかというと、いつも思ってることなのにどんな例があったっけと考えるとすぐには出てきませんね。
 例としては今一つな気もしますが、例えば、ここでもよく話題にしている児ポ。
 それの何が問題なのかを考えれば、まずはその対象が実在しているかどうかでわけるべきなんですけどね。それなのに「絵じゃん!」と突っ込みたくなるものを一緒にする人とか。で、それっぽく見えるかどうかで線引きしたりするから基準が曖昧になったり成人が引っ掛かったり。
 つまり、性質じゃなく量にしてしまう、程度の問題にしてしまうから、より衝突が起きやすくなる。どこまで許容できるかは人により違いやすいものだし。

 この件ではもっと多重の問題があって、話がこういう方向に行くと、それが「見た人」に与える影響(教育的にとかその他)の話を持ち出してきたりするわけですね。
 いやいやそれはまた別の話でしょ、と言いたくなるんですが。つまり、それが持つ問題の意味のことになるので。

 思うにこれ、複数の言葉が同一のモノを指すと言葉も同じ意味に見えてしまうってことかなー、などと。リベラルと左派とかみたいに。
 リベラルと言えば、私は見ませんでしたがちょっと前にリベラルとは何かみたいな話題が盛り上がったらしいですね。多分そういうことは時々やっておくべきで、それはそもそもはなんとかだとかいやいや現状こうなってるとかやって意識合わせをしないと会話が成り立たなくなるし。
 特に、正にその「リベラル」なんてのは、最早日本では、現実を無視した論を張り意見の異にする者は暴力などで弾圧し黙らせる人達のことだし。だから、自分はそうでないと思う人はもうそう自称するのはやめた方がいい。フェミニストなんかもそうですね。勿論、違う意図がある場合、例えば語の方向修正をしたいとかなら別ですが。

 あと、これは単なる思いつきなんですが、モノだけでなく音にも結構惑わされるものなのかも知れない。
 例えば「批判」という言葉がありますが、これは「否反」のように思う人が結構いるのでは。いや多分こんな言葉はないのですが、「否定」し「反対」することを批判と思う人は多いように見受けられるし、それは実はその音に惑わされているのではないかな、と。
 繰り返しますが単なる思いつきですけど。

 最後にもう一つ加えておくと、概念と言葉は別のレイヤーにあるので、そのマッピングは人により、あるいは時により違ってくるものであると思うんですよね。まあ、これは上記のことと重複してますが。
 しかし、○○と言えば☆☆のことだろ、とそれらが結び付いているのが当然と思っては多分いけないんですよね。
 相手がある言葉を使ったとき、さっきは何の意味だったか、今は何の意味か、といつも気にしていないと議論がおかしくなるのですが、これ実は単なる読解力と同じ能力かななどとも思います。
 いやいや読解力に「単なる」という形容はどうよ、と思うべきかも知れませんけど。

独り言: こないだのNHKのトランプ報道

 ざっくりとした言い回しに表れているようにいつだったかよく憶えてないのですが、NHKの多分NW9でのトランプについての報道について。彼がまた例によってメディアを批判した件ですが、10月上旬頃だったかな。

 なんで今頃そんな話をしているかというと、日経ビジネス読んでふと思い出したからです。日経ビジネスの2017.10.16(No.1912)のp92に「プエルトリコ債“帳消し”は警告」というFinancial Timesの記事の訳と思われる記事がありました。
 実は件のNHKのニュースでは、トランプが「プエルトリコ」と言っている場面が繰り返されていたのですが、これ読んで、あーもしやこの時の映像だろうか?と思ったもので。

 元々は、どっかのメディアが自分の言ったことを歪曲したとトランプが怒ったという内容だったのですが、そのどっかの報道の通りのことをトランプが言ったかどうかはわかりません。直観的には「こんなことは言ってないんじゃないかなー」と思われる内容だったのですが、NHKとしては無条件に報道の方の肩を持っています。
 おまけに、その話の流れの途中でアメリカ人(?)の憲法学者(?)とかいう人の映像が入って、表現の自由がどうこうと言っていました。つまり、まあ引用ですね。

 思うんですが、報道機関に対して表現の自由というのを持ち出すのは、ちょっと強力すぎて適さないのではないでしょうか。
 私としては、表現の自由については原理主義的で、エロであってもヘイトスピーチであってもその自由は保証されるべきだという立場です。言論によって処罰される枠組みは、ヘイトスピーチの規制法以前からあるのだから。しかし、報道機関に対してその概念を直接当て嵌めるのには問題がある。
 つまり、創作であっても「報道」として報道する表現の自由があるというのは、報道の自由という権利の侵害であると思うわけです。まあ、侵害されているのは自身なので自殺の類ですけど。

 おまけに、ここで上記のプエルトリコが出てくるのですが、NHKとしては単にその「言い方」が気に入らないだけのようだし。いやまあその時に侮蔑的な発言が一緒にあったのかも知れませんけど、少なくともそのニュースの中では「言い方」以外のことについては全く触れておらず、つまりそこでは印象だけを問題にしていたわけです。
 というか、ほんとにそこの部分だけを切り出して繰り返されると、印象操作という印象しか残らないんですけど?

 私は常々、特に当選してからのトランプはわからないと言っていますが、それは、報道機関の姿勢が明確に表れすぎていて、報じられている内容がそもそもトランプのことなのかどうかが判別できないためです。
 メディアが自分の意見を混ぜ込むこと自体ちょっとどうかなとも思いますが、「報道」というコンテキストの中で無条件に(創作を含む)表現の自由を発揮されると、それこそ上記のように「報道」そのものを毀損するように思うんですけど。

 そんな姿勢が、むしろトランプの言葉に信頼性・信憑性を与えているように思わないんでしょうかね。
 思わないんでしょうね。

独り言: 懲りない文春

 以前にも似たようなことがあり、それに対してはこんな
文春砲:なぜ声優ファンには効かなかったのか - MANTANWEB(まんたんウェブ)
分析もあったわけですが、また何やらやってるようですね。特に何をとは言いませんけど。

 この件については何か書こうかと思ってちょっと考えたりしたのですが、ばからしくて放置してたので忘れちゃいました。反応すること自体が彼等としては歪んだ喜びなのかも知れないし。ストーカーかよ。
 まあ一言で表現すると、あんたらそれ面白いと思ってんの?という感じ。

 ただ、私はどちらかというとアニメファンであり声優ファンという分類には入らないと思うので、感性が違うかも。個人的には、作品を創る側の人として敬意は払うものの、プライベートなこととか、ここで意図的に悪い表現を選ぶならば「どうでもいい」し、むしろそういうことを穿り返すのは卑しい行為としか思えない。
 ですが、上記の記事のような見解もあることだし、そう異端というわけでもないかも。

 まあでも結局結論はいつもと同じで、メディアの連中ってクソだなという思いを新たにしただけのことでした。
 ……あー、また喜ばせちゃったよ。修行が足りないな。

独り言: 日本のフェミニズムとミソジニー

 前から晩節を云々と言っておきながら中々書けませんが、そのシリーズです。
 以前は比較的こういうネタに近いことも書いていましたが、二次元の話をしたいのであってリアルの話はちょっとねぇ……と思って、いつからか避けるようになりました。逆に何故今書いているかというと、単にその気になったというのもありますし、何やらこういう方向で書くバイトがあるらしいというのが話題になっている→ならこれは違うよと言える(笑)からとか。
 今回も以前と同じように、「男」「女性」という表記をします。「弊社」「御社」のようなもので、立場を示すものという意図があります。

 というわけで私の印象・雑感を書くわけですが、それを一言で表現すると、フェミニズムって宗教だよね〜、といったところです。

 極めて大雑把に言うと、そういう思想がやってきた頃って専業主婦の時代ですよね。
 伝統的な専業主婦では(専業主婦が伝統的であるという意味ではなくその歴史の中では存在感があるという意味)、家庭の権力者は主婦であり、金を稼ぐ夫が持つのは権威に過ぎない。時代が下るに連れそれは明確になってきて、言ってみれば家庭の経済では所得税は100%であり、納税者は給付金で過ごすことになります。
 ……何かに似ているような気がしますが思い出せません(笑)。
 自動車や住宅から大型家電に至るまで、営業は妻の意見を重視するのが定石です。

 さて。
 専業主婦家庭という妻を家庭に閉じ込める家父長制を敷く日本でも深く広く浸透したフェミニズム。男である夫の支配から妻の女性を救い出すため、夫の権力をどうにかしなければいけません。弱体化は急務。
 ところが、何かおかしい。
 まあそうですよね。権力はなく権威だけしか持たなかった夫からそれまで奪い去ってしまったら、そこに一体何が残るのか。でも、確かにそこには専業主婦、つまり虐げられている女性達が沢山いる。
 彼等は、現実を直視するわけにはいかない。もしそうしてしまったら……。
 これが、フェミニズムは宗教であると感じる部分(の一例)です。

 余談ですが、企業等の役職者における女性の割合について。そもそも、(聞くところによると)よりフラットな社会を構築するらしい女性には、そういうのはあまり向いてないんじゃないかな、などと思ったり。
 ま、想像ですけど。
 そもそもと言えば、「出世」という考え方が私は嫌いです。ピラミッド構造の上に昇ることだけが(字面上では)世に出ることであるという価値観がそれに代表されているように思います。そんなことしてるから東芝みたいな会社ができあがるんじゃないかな。マネジメントとかは一つの技能と見て一つの部門にしてそこから派遣すればいんじゃね?とか。
 余談をもう一つ。所謂リケジョとかの話ですが、人数比の話になると、能力は同じ筈なのに何かの壁があってーという方に話が進みますが、差が出る理由は能力や「壁」以外にもありますよね。
 つまり、論理的に考えて出された結論というものをどれだけ大事にするかという価値観の違いです。それって本当にあり得ない話?

 あと近年では政府も女性活躍とかなんとか言ってますが、これ、真に受けていいもんでしょうかね。
 どうにも気になるのは、そこに想定されているのはサラリーマンとしての活躍だけで、言い換えれば社会保険料を払う人です。フリーライドは許さないということかも知れませんが、政府がフェミニズムに便乗しているような気が……。

 ところで、本エントリのタイトルにも書いている「ミソジニー」ですが。
 そういうものが広まっているように言われるものの、実際のところその中には、何か異質なものが混ざっているような気がするのですよ。「フォビア」という語尾がふさわしいような何かが。
 ここで言っているのは、逆DV(笑)とかそういう話ではありません。私が感じるところのそこで恐れられているのはまた別のものです。

 例えば、痴漢。個別の事件で言えば、悪いのは痴漢です。しかし、現在社会不安を引き起こしている痴漢問題では、悪いのは彼等ではありません。
 警察と司法とメディアです。多分立法も。
 上記の「フォビア」の対象は、それらであると言えます。
 そして、問題はそういう犯罪に限りません。なので結局それらは、「触らぬ神に祟りなし」という意味での「フォビア」、回避を生みます。恐れるというよりも、畏れるという感じかな。いやまあ辞書的にこの使い分けが正しいかどうか知りませんが。

 ともあれ、日本に上陸したフェミニズムが叩いた相手は予想外に脆弱だった。しかし、教義は教義。だから、現実は見ないことにしないといけない。
 それが日本のフェミニズムかな、というのが私の印象だったりするわけです。
 うーん、何だかその姿勢、日本のメディアと大変相性が良さそうですね。

独り言: まーだ警察はIT苦手なのか……いや、あれ?

 この件、最初誤認逮捕って聞いたときまたIT絡みの事件かと思ったんですよね。
徳島県警が21歳女性を誤認逮捕、19日間勾留 「公演チケット売る」と女性に成り済ました女子中生を書類送検(1/2ページ) - 産経WEST
 でも、こういう話を読んだら……。
【徳島県警 誤認逮捕】中3女子、警察をも欺く手の込んだ偽装工作 被害女性はチケット配送記録で潔白証明(1/2ページ) - 産経WEST

 いやまあ、その年で自分で考えたのならよく頑張った(?)と言えるかも知れないけど、警察がこの程度のことで騙されてあまつさえ「警察をも欺く手の込んだ」と書かれちゃうなんて、どんだけヌケサクなのか。
 冒頭に書いたようにまたITの話かと最初は思ったんですが、これ別に、例えばどっかの店で会って……とかでもできますよね。また、その際に残ってしまうのと近いくらいの証拠、ありましたよね。
 痴漢やなんかと比べればずーっと調べるの楽でしょ。少なくとも結果論的には。

 あきれるのは、「女性が釈放後、郵便局から取り寄せたチケット配送記録の控えを徳島地検に提出して誤認逮捕が判明」というところ(強調は引用者による)。
 三週間近くもあったのなら、ウチ(署)に引き籠ってないで足で捜査すべきじゃない? それとも徳島って、飛行機にでも乗らないと郵便局もないの? それとも足で捜査ってのはテレビドラマだけの架空の話?

 まあね、こんなんじゃ冤罪で社会不安を引き起こしちゃうのもやむなし、という感じかな。
 勿論、それでいいってわけじゃないですけど。

独り言: 言い方とか呼び方とか

 なんとなーくですけど、物事の表現の仕方、どう呼ぶかとかも含めてちょっと考えた方がいいんじゃないかなーと思う事って結構あります。まあそれでそのように言い換えて本当にいいことがあるかっていうとそれは分からないんですけど。
 なんでこういうことを書いているかというと、たまたまこういう記事を見たので。
コミケ「2020年問題」東京五輪開催中はどこで開催するのか? 共同代表に聞く:イザ!
 この件、ちょっと前の都議選の時に感じたことがあったなぁ、と。
 というわけでまずはその件から。

○ オリンピックとビッグサイト問題
 これ、コミケの話をしても仕方ないんじゃないかな。いやむしろ良くないんじゃなかろうか。だって、一般の人からしてみればそんなのどーでもいいことであるわけで、ビッグサイトの問題を矮小化してしまわないか。
 上記の都議選の時に思ったんですが、この問題はオタクが発見した!とそこまで言ったら言いすぎかも知れませんがそういう方向で訴えかけた方がいいんじゃなかろうか。

○ NHKネット受信料
 前々から話はありましたが、ついにNHKがネットからも受信料を取ろうと具体的に動き始めたという件。
 先日の話では、専用アプリで云々という方式みたいですが、だったら受信料とかでなく、有料配信、ただし受信料を払っている人は無料、と言ってればもうちょっと抵抗は少なかったんでは。
 ただこういう問題って、例えば法的にそう表現するしかないなんてこともあるかも知れないし、どうかな。

○ Amazonはネット「書店」か
 もうずっと以前の段階での話になりますが、果たしてAmazonをネット書店と表現していたのは正しかったのか。名が体を表しているかということではなく、対抗する側のために。
 リアルの書店では、在庫がなかった場合取り寄せに大体2〜3週間とかいうことを言ってて呆れさせてましたが、逆に言えば、在庫があればその場で入手することができるわけですよ。電子書籍とかまだ現実的でなかった頃は。つまり、本屋さんがAmazonに負けてるのは必ずしも書店のせいってわけではなくて、そもそも別の相手が戦うべきところを何故か書店が矢面に立たされてましたが弱点は書店のせいじゃないし。
 だから、ネット「書店」と呼んでなければもうちょっと別の戦いができたのではないかな、と。

○ ハードの時代
 Googleみたいなところがどんどんハードに手を出してきて、ソフトからハードへ揺り戻しが来ているみたいに言う人がたまーにいますが、いやいやそういう見方はちょっとどうなの、と思ったり思わなかったり。
 ああいうところはソフトでできることががどんどん拡大して、それを実現するためにハードが必要になったという構図に見えますし。

○ 銀行の資産
 はカネよりも信用じゃないかな、と思う。
ニュースリリース : 三井住友フィナンシャルグループ(PDF)
 そう言えばこんな話もありますが、つまりもう自分じゃできないってことかな。
データサイエンティスト育成へ、東大・NECなど10月に共同組織 | 科学技術・大学 ニュース | 日刊工業新聞 電子版

○ ジャーナリスト
 じゃなくて彼等はクリエイターじゃない?

○ 番外編:性表現と暴力表現
 最後に番外編。これは単なる呼び方の話ではないので。
 表現規制派に対し、性表現がダメなのにどうして暴力表現はいいんだ?という展開をよく見ますが、というか私も言ったことあるような気がしますが、それはあんまり反論になってないかなー、と。
 まあ例外とか言い出したらきりがないし根拠があるかというと微妙ですが、性に関しては概ね、全員が生得的に「したい」と思うものであるのに対し、暴力は別に、ヒトは誰もが必ずそれを好むものだって共通認識があるわけでもないですよね。
 ほっといてもやるものと何か理由がなければしないことを比べても説得力ないかもなぁ、と。

独り言: エマ・ワトソンの国連スピーチについて

 そういえば晩節を汚す準備とかいいつつその件は放置していましたが、そろそろそのネタに首を突っ込むことにしようかなと。多分誰も憶えてないし、憶えてても書いてる内容からしてもうやってると思ってるでしょうけど(笑)。
 まあ、ちょうどいいタイミングで話題になってたので、こういう話をネタにしてみましょう。
エマ・ワトソンがフェミニズムについて国連スピーチで語る - ログミー

 ちなみに以下では「男」「女性」という表記をします。これはいわば「弊社」「御社」のようなもので、立場を示すものという意図があります。どうせ客観的なことなんて言えませんからね。

 さて、ではそのスピーチの冒頭にある「女性が権利を主張すると、男性が嫌悪感を抱くという現状」という話から。
 これは、まあ当たり前の話です。これまでのフェミニズム、そして今回のスピーチもそうですが、ずーっと男におんぶにだっこですから。どういうことかというと、男を「敵」として行動する、それがフェミニズムの原則であり、まずはそういう意味で依存している。そりゃ嫌われるに決まっていますね。
 男女平等という目的?
 確かに、私はいつも「目的」を重視する必要性を強調してきましたが、それはつまり、目的は軽視されがちだという現実からのものです。
 結果を出すのは手段です。だから、その理由である目的がどうなのかは伝わりにくい。
 いやまあそもそも、男女平等が目的だってのは本当なのかという疑問もあるわけですけど。

 そしてここで重要なポイント。
 女性をターゲットにしたドラマやなんかの創作物をちらちらと見ていて感じたのですが、女性が男に勝つ物語の場合、女性上げでなく男下げでも別に構わないらしい。どーしようもない男を相手にして勝つのでも別にいいらしい。
 加えて、共感共感とよく言っていてそれを重視していますが、逆に言うと、共感できない相手についてはいくらでも残酷になれるし、それは抵抗がないというかむしろ当然のことらしい。典型的にはキモいおっさんとかね。
 つまり、女性の地位向上でなくとも男の転落でも構わない。

 やはりフェミニズムはSheForSheがまず主体であるわけで、であればSheの見方や感性がまず土台となるわけで、そりゃー男は嫌悪感を抱きますよね。

 で今回、またぞろ男に対し協力せよと依存してきているわけです。
 ではそんな男に対して何を言っているかというと、「男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば(略)」とのこと。
 まあ私が言うまでもなく散々突っ込まれていますが、それは男が勝手にやっていることではなく、自由になるべきというのはこっちの勝手でできることではないわけで。
 男女の問題に限定した話ではありませんが、二千数百年前に(通称)仏陀がネタにしていますねそういうの。で彼は悟りを開いたのですが、彼のやり方では、まず「出家」が前提です。まあその後の教えが仏陀を超えているというのなら話は簡単なんですが、そうなんですか?
 強いて言うならば、男の中でも我々のようなタイプは「自由に」なっているかも知れませんね(笑)。
 その先の論理(???)については突っ込む価値もないと思うのでスルー。

 上記に続く「男性と女性は別物という考えをやめるべき」というのは、非常に大雑把な感想ではありますが実に欧米人にありがちな考え方では。特にキリスト教徒に多そうかな。この言い回しからわかると思いますが、勿論そんなのは偽善者の綺麗事のようなものであると思っています。
 別物でないと考えれば、話が通じないのがおかしいと思うに決まってるじゃないですか?
 実際、一昨年辺りのフランスの似非「表現の自由」について何度か批判しましたが、それと同じですね。表現の自由を掲げて勝手なことをして置きながら、他者の表現に対してはいちゃもんを付け、それはダメに決まってるだろう議論の余地はないねと言う。それと同じ。

 最後に、「「フェミニズム」という言葉には偏見があります」というのにも引っ掛かります。
 これ、こう読んでいいですか?
 「「フェミニズム」という言葉が示す思想の主成分として「偏見」があります」と(笑)。

 とまあ件のスピーチに関してはこんなところです。
 今回はちょっとテーマから外れていると思うので触れませんでしたが、日本のフェミニズムについても機会があったらいちゃもん付けてみようかな。
プロフィール

水響俊二

Author:水響俊二
水響 俊二 [MIZUKI Shunji]

暫定的に、18禁作品の感想などは裏サイトで書いています。
   

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